断捨離とは、物を捨てる行為ではなく、今の自分の価値観を明確にするツールだ。
断捨離について書こうと思う。
しょうもない感想だけど、本当に感動した。
世の中にこの素晴らしさがもっと伝わればいいのに。
自分の人生に向き合ってる人なんかには特におすすめしたい。
と言うより絶対にやるべきだと思う。
最後に纏めも書いたので、そこだけでも読んでいただきたいー。
以前の記事でも少し触れたけど、とあるセミナーで断捨離のサービスを提供している方に出会って、
その方の考え方、人柄、想いに惹かれて絶対にこの人にお願いしたい。出来れば退職のタイミングで。と思っていたのが実現した。
正直に言うと、断捨離なんて自分一人でも出来ることだし、
そもそも定期的にやっていたから物は少ない方だし、
部屋が綺麗になればいいなーって程度の想いしかなかった。
それよりも、直感でその方の想いに直接触れたいなという気持ちが強かった。
だから断捨離にこだわりは無かったし、その方が別のサービスを提供していたらそっちを受けていたと思う。
結論から言うと、私は物と一緒に古い価値観まで手放すことが出来た。
何がそんなに感動したのかというと、自分一人では今回手放したその価値観が既に過去のものだったという事実に気が付けなかったということだ。
私の想いが特に強く反映されていたのが洋服で、
もう何年も着ていないのに、ずっと取っておいたドレスがあった。
自分で断捨離をする時には迷いも無く一番に”必要なもの”に分類されていた。
手放そうなんて考えたことも無かった。
それは、着ると「すごく可愛い私」になれる。
でも今の私にとっては少し可愛すぎるデザインになっていた。
だから選びはしないものの、クローゼットの中には必要なものだと思い込んでいた。
それを見るたびに「すごく可愛い私」を思い出させてくれるから。
私がずっと握りしめていたのは、そのドレスではなく「すごく可愛い私」だったのだ。
≪このドレスを手放してしまったら、可愛い私がいなくなってしまう≫
という恐れが、無意識に”必要なもの”という思い込みになっていたんだ。
これに気付かされた時は、勝手に涙が出た。
可愛い私でいる必要があったし、そこに価値を見出していた過去を突きつけられた。
それを理解しても手放すことに躊躇していた時にかけてもらった言葉。
私にとって「すごく可愛い」というのは大切な価値観で、これからも大切にするべきだということ。
ただ、今の私に見合った「すごく可愛い」を新しく探せばいいのだということ。
すごく救われたし、とても説得力のある言葉だった。
今まで可愛いと思っていた洋服たちが、今の私の気分ではないことに前から気付いていて、だからこそ腑に落ちた。
これらを手放せば、新しい「すごく可愛い私」にしてくれる洋服が見つかると教えてくれた。
これを決断できたら後は早かった。
”私を可愛くしてくれたもの” = ”今の私には不要なもの”
という選択の基準が明確になったからだ。
ちなみに、過去の可愛い私と一緒に捨てようと決めたものがある。
それは周りの人や環境のせいにして責任逃れしてる自分。
自分以外のせいにして、何かしら不満を創り出して悩んでいる方が、
自分で決めた道を生きるよりもよっぽど楽だと気付いていたから。
もう、可愛いだけの私も、悩むだけの人生もいらない。
洋服ともう一つ、ずっと手放せなかったものがあった。
それはノート。
本気で人生を変えたいと思い始めた3年前から書き溜めていたノートを何冊も大切に取っていた。
当時の悩み、それを解決しようと学んだこと、どう乗り越えたか。といったことを事細かに記録してきた。
何故なら自分がどう変化してきたかを忘れたくなかったから。
もし忘れてしまったら、同じ立場の人が目の前に現れた時に気持ちを理解してあげられなくなってしまう、それはいけないことだと思い込んでいたのだ。
こんな事をツラツラと話している時にされた質問が、
「これから付き合いたいのはどんな人か」
この一言で、全てのノートを捨てようと決意した。
私は、目標に向かって楽しく努力してる人や、自分で人生を切り拓いていく勇気ある人たちと一緒にいたい。これは揺るがない。
事実、過去の私のように悩みたいだけで現状を変えようとしない人たちといると、すごく疲れる。エネルギーが吸い取られるような感覚があって、体力が消耗される。
私がわざわざ疲れてまで付き合わなくても、それが心からの喜びだと言える人たちにお任せすることにしよう。
という訳で、まとめると
断捨離とは、単純に不要なものを捨てる行為ではない。
持ち物と向き合うことで自分の価値観が明確になり
今の自分に必要なものだけを見極めることが出来る。
その価値観が既に過去のものである事に気付けることが一番の収穫なんじゃないかと思う。
感情も含めて過去に大切だったものを、いつまでも持っている必要なんてない。
価値観なんて変わるのだ。
今の自分にとって何が大切か、ということが一番大事なんだ。